<ほっとれもん>「あ゛~~~~~」
とあるワンルームマンションの一室。
カルマンは奇怪な声をあげてベッドにダイブし、潰れていた。
軽い気持ちで報道番組の現場レポーターとして就職(?)してから早数週間。名前を言ってはいけないザ・ボスの絶対王政が敷かれる職場で、カルマンは神経をすり減らしていた。
シュヴァリエにインタビューなどはまだいい方で、歌姫からコメントを取って来いと言われたり、シュヴァリエ長兄からインタビューを取れなかったからと言って、給料が減額されたりと、厳しい職場である。
とにかく現場レポーターである自分と現場カメラ担当のクララは凄まじい激務の中にいる。それでもまだクララはまだいい。ザ・ボスは明らかにカルマンに対してだけ妙に厳しい。
今夜は職場の仲間達はプロデューサーのおごりで飲み会に行くらしいが、とてもカルマンは参加する気にはなれなかった。
とにかく休める時には休んでおきたい。
「疲れた……」
シャワーも浴びず、電気も消さずカルマンは夢の底へと落ちていった。
* * *
ふとジェイムズが目を覚ますと、そこには見覚えのない光景が広がっていた。
夜の帳が落ちた中、バス停、森、古びた一本の外灯、道路だけがある。ジェイムズはバス停の長椅子に座っていたのだ。自分が何故こんなところにいるのか、全く思い出せない。記憶を懸命に辿るがどうにも混乱している。
とりあえず、ここから動くべきかもしれない、と思って、バス停の時刻表を見るが、何も書いていない。思わず左右を見回すが、道路は闇の向こうに向かって伸びるばかりで、どちらに行っていいものか検討もつかなかった。その周りは森が広がるばかり。下手に道なりに行っても、森の奥へ奥へと行ってしまうだけかもしれない。
さて、どうしたものかと胸元の携帯電話を期待せずに取り出すと、辛うじて「圏外」の表示はでていなかった。
アンシェルに電話する。
「おかけになった電話番号は現在使用され…」
切る。
ネイサンにかける。
「おかけになった電話番号は現在使用され…」
切る。
ソロモンにかける。
「留守番電話サービスに接続します」
ジェイムズは折り返し電話が欲しいという旨を伝え、電話をきった。
他の所持品はどうなっているだろうとポケットを探り、中に入っていた名刺を取り出してみた。
それは、レポーターのカルマンから渡された名刺だった。
* * *
電気も消さずに泥のように眠っていたカルマンの耳元で、
『ごめんね、素直じゃなくって☆』
携帯の着歌が最大音量で唸りをあげた。真っ赤な携帯電話のランプが緑色に何度も点滅する。
「?!」
カルマンは反射的に携帯をとると、相手を確認せずに電話にでた。
「はい」
ダース・ヴェ●ダーが鳴らなかったからザ・ボスからではないはずだと思いながらも、カルマンはまた仕事のトラブルの電話じゃないだろうな、と内心震え上がっていた。重度の電話恐怖症である。
「私だ」
・・・誰だ?とはさすがに声にださず、寝ぼけた頭ながら必死で声の記憶を探す。
「あ!ジェイムズか?」
『そうだ』
「おー。久しぶり。食事に行く気にでもなったか?」
『実に恐縮なのだが』
「?」
『手を貸してくれないか。自分が今どこにいるのかすらわからない』
「…?そっか。お前最近「こっち」に着いたんだな?わかった。迎えにいくから…。目印になる物は?」
『バス停に…『森の中』と書いてる』
「あーあそこな。随分と大変な所にでたんだな…。待ってろ」
* * *
カルマンの真っ赤なスポーツカー(携帯と同じ色だ)の助手席に、ジェイムズは座っていた。
「礼を言う」
「いいっていいって。初めてここに来たんなら、色々大変だろうしな。お互い様だ。まぁ、ジョージの店で腹ごしらえしよう。あ、ジョージの店でいいんだよな?」
ジェイムズは一言、任せる、とだけ呟いた。
数分後、二人はジョージの店にたどり着いた。ジェイムズは知らないが、沖縄のOMOROのそのままの作りになっている。
「いらっしゃーい。お!新入りか?」
戸をくぐれば、ジョージがにこにこと二人を迎えた。内装も沖縄のOMOROそのままである。
他に客はいない。ジェイムズは静かにジョージに頭を下げた。
「47話か?」
ジョージが訊くと、
「ああ、47話だ」
カルマンは座りながら答えた。
「それにしては、随分と来るのが遅かったなぁ?ソロモンはだいぶ前に着いていたぞ?」
「運悪く、『森の中』にでたみたいなんだ。でも誰にも迷惑かけていない分、幸運かもしれない。あいつの時は大騒ぎになったし」
カルマンと謎な会話をしながら、ジョージは水の入ったコップを二つ、二人の前に置いた。
ジョージとかルマンの二人が世間話をしている間、ジェイムズは水を飲みながら、静かに記憶を辿っていた。しばらく考えてから、
「…私は、死んだのか」
ジェイムズが重々しく訊いた。
「ああ、47話で」
ジョージとの雑談を止めて、カルマンが頷いた。
「少しづつ思い出してきた…。地下牢でソロモンを見た…そしてネイサンと話して…。小夜と…」
ジェイムズは瞳を閉じた。
「思い出したか、全部」
「思い出した…ソロモンはどこだ?」
カルマンとジョージがその問いに答えないでいると、
「ここです」
聞き覚えのある声と共に、店の奥からウェイター姿のソロモンが現れた。
「…ソロモン…」
声は落ち着いているもの、ジェイムズの瞳の奥には静かな怒りがある。
「なんですか?47話の決着でもつけますか?」
余裕の笑みを浮かべるソロモンに、ジェイムズはがたん、と音を立てて立ち上がった。
「おいおい、殴りあうのは結構だが、外でやってくれよ?」
こういったことには慣れているのか、平然と言うジョージ。カルマンは、おいやめろよ、とジェイムズをたしなめる。
ジェイムズがソロモンに飛びかかろうとした時、店のドアが開いた。
りんりん、とドアノブにつけある鈴が鳴った。
「……カール!!」
現れた人物に、ソロモンは満面の笑みを浮かべて、ジョージは穏やかな笑みを浮かべて迎えた。ジェイムズは硬直した。
カールは満面の笑みを浮かべるソロモンを完全に無視して、
「頼まれていた品だ」
カウンターにいたジョージに、様々な色の花が入った籠を渡した。
「おおーー、いい感じだな。窓際が寂しかったから、これで華やかになるよ」
「液体肥料の残りは?」
ねぇカール、聞いてます?と言うソロモンを、カールは完全に無い者として、ジョージとの話を続ける。
「まだ、足りてる。しかし、なかなかいい肥料だよ。助かる」
無表情で訊くカールに、ジョージが礼を言った。
「あの、カール…」
ソロモンが話しかけようとすると。
「費用の件に関しては邪魔が入らない時に話し合おう。私はここで失礼する」
『邪魔』の部分を強調して、カールが言った。
「……」
一瞬だけソロモンを見てから、カールはこれみよがえしに、顔を「ふんっ」とソロモンの逆方向にふった。
「カール…」
ソロモンが呼ぶ声もむなしく、カールはすぐに店をでていった。
「なんだ今のは…?」
ソロモンに殴りかかろうとしていたことも忘れて、ジェイムズは呆然と言った。
「ああ!訊いてくれますかジェイムズ!長い話なんです!」
ソロモンはジェイムズの斜め向かいの席に座った。
「僕がここに来た時…」
誰も『聞く』とは言っていないのに、ソロモンの悲劇語りが始まった。ジェイムズは諦めたような様子で席につく。
「僕は、ジェイムズ、あなたと違って…。「こちら」に来る時…。あまりよくない場所にでてしまったんです」
ソロモンは腕を空中に伸ばす。
「しかし最初は、そうは思わなかった。僕は、ビニールハウスの中で仰向けに倒れていたんです。…満月の綺麗な夜でした…。僕は何も考えずに、心地よい温度の保たれたそこで、月を見上げていたんです…」
ソロモンは腕を下ろし、俯いた。
「でも僕は、その時気づくべきだった。僕の周りには、美しい花々が咲いていたんです。…もちろん、僕の体の下にも」
「……」
結末が読めた。と思いながら、ジェイムズは水を飲んだ。
「でも、僕はその時何も考えてはいなかった。…だから、カールが視界の隅に表れた時…。歓迎してくれるものとばかり思っていました…。でも、現実は違ったんです」
「お前の潰した花が、カールの大切な花で、それでカールが怒り狂ったというところだな」
ジェイムズが言うと、
「大切どころの騒ぎじゃない。自分の時間を殆ど全部捧げて、研究してやっと咲かせた花だったんだ」
ジョージが解説した。
「感動の再会どころか、完全に怒らせてしまって口も聞いてもらえないという状態なんで…カールの家に行っても、絶対に開けてくれません。鍵を壊して入ることもできますが、そんなことをすれば、余計怒らせるでしょう…。道で話かけようとすれば、全力で逃げられます。ですから僕は…ここに住み込みで働くことにしたんです。カールは定期的にここの花の健康を見に来ますし、ジョージに頼まれた花を持ってきたりしますから。…ここなら、カールと会える機会が一番多いんです。さすがに彼も、ジョージを無下に扱ったりはしませんから」
溜め息をつきながら、遠い目で明後日の方向を見るソロモンにジェイムズはかける言葉がなかった。
「せっかく再会できたのに…あんなに冷たくされて…ああ…」
ソロモンはテーブルに突っ伏した。
普段のソロモンなら絶対にしないような行動に、ジェイムズは、
「憐れな……」
既に殴る気が完全に失せていた。
「さて…僕は…仕事に戻ります…」
ソロモンはよろよろと店の奥へと消えた。
「ソロモンへの恨みは忘れようぜ?」
カルマンが言うと、
「思い出す気力も失せた…」
ジェイムズが力の抜けたように言った。
「さて何はともあれ…!!愚痴ろうじゃないか!!俺達の扱いについて!」
「愚痴れ愚痴れ!吐き出しちまったほうがいいぞ!!」
二人のテーブルにゴーヤチャンプルーをだしながら、ジョージはにかっ、と笑った。
数十分後…。
「ただいまー…。あれ、何か楽しそう…」
宮城リクは黒スーツ姿でOMOROのドアを開けた。
「おーリク。お帰り。二次会は行かなかったんだな?」
「当たり前だよ!みんなガソリンみたいに飲むんだもん」
ぷんぷんと怒りながら、リクはカウンター席に座った。お疲れさん、と言いながら、ジョージはリクに水をだした。
「ありがとう…。それにしても、カルマン、こんなところにいたんだ」
リクが微笑ましく見つめる中、何故かソロモンを加えて、男性三人の愚痴り大会がクライマックスを迎えていた。
「だいたい!私は真面目・堅物キャラだったんだ!」
「俺はもっと出番があっていいはずのキャラだった!モーゼスともっと絡めたはずなのに…!!」
「僕は絶対にもっとカールと一緒にいるはずのキャラでした!」
互いに相手の言うことなど全く聞かずに、言いたいことを言っているなか、またしてもOMOROのドアが開いた。いつものソロモンなら真っ先に気づくはずの人物だったが、あいにく、ソロモンは完全に自分の世界に入っていた。
「あ、カールだ」
リクが言った。
「腕時計が落ちていなかったか?とれてしまったみたいなんだ…」
カールはリクに訊いた。
「え?腕時計?」
リクは言いながらカウンターの下を覗いて、
「あ、これ?」
落ちていた腕時計をカールに渡した。
カールは軽く頭を下げて礼を言うと、未だ大騒ぎしている三名を見つめた。
「酷すぎると思いませんかカールは!せっかく会えたのに…」
つかつかとカールは三人の席に歩いて、ソロモンからコップを奪った。
「え?カール……」
目を丸くするソロモンの前で、カールはコップに入っていた酒を一気に飲み干した。
「私も混ぜろ」
反対意見ゼロ。愚痴り大会は来る者拒まずだった。
* * *
「さて、次はカールだね…」
リクは、テーブルで突っ伏しているカールを見下ろして言った。カルマン、ジェイムズの2人は完全に潰れていたので、は居間に転がしておこうということになり、先程移送作業が完了したところだった。次はカールだ。
「いえ、愛しのカールを床に寝かせるわけにはいきません。僕が、カールを家に送ってきます」
ソロモンは器用にカールを抱き上げると、にこにこと笑いながら、
「朝帰りになるかもしれません」
と不穏なことを言った。
「送り狼になるなよー」
揶揄するようなジョージの言葉にソロモンは足を止めて、
「ソンナコトシマセンヨ」
台詞棒読みでそう告げるとカールを抱きかかえたまま、OMOROをでていった。
* * *
「ううっ………」
朝日の眩しさに、思わずジェイムズは呻いた。
目を開ければすぐ側に畳があって、体の上にはタオルケットがかけてあった。頭に鈍い痛みを感じながら、起き上がる。昨夜飲んでいた記憶はあるのだが、その後の記憶が全くない。
カルマンはどこだ?全く、このところは、こんなことばかりだな、とため息をついていると、
「あ、ジェイムズ、起きたんだ!おはよー!あ、カルマンなら、さっきプロデューサーさんに連れて行かれてたよー」
にこにこと笑いながらリクがドアを開けた。
ジェイムズが言葉を返す前に、リクは換気のために窓を開けると、
「お父さん、ジェイムズ起きたよーー!」
と父親を呼びに行った。
おそらく飲みすぎて潰れていたから、ここに転がされたんだろうと予想しながら、ジェイムズはさてこれからどうしたものか、と腕を組んだ。
そもそも、そういったことの助けを求める為にカルマンを呼んだわけだが、頼みのカルマンはもういない。
ここにずっといるわけにもいかないし、かといって行く宛てもない。ジェイムズは頭を抱えた。
「あれー?どうしたの?」
「!?」
急にリクの顔が現れて、ジェイムズはまごついた。全く気配を感じなかったのだ。
「これからのことを考えていた…」
「ここに住んじゃえばいいのに」
リクは一瞬だけきょとんとしてから、さも当然のように言った。
「!?」
ジェイムズが呆然としている中、
「ねぇーお父さん、いいよね?もう少し人手が欲しいって言ってたし!!」
リクが言うと、
「ああ~。住み込みのバイトでも大歓迎だ。多分ソロモンは帰ってこないだろうしな!!」
どこからともなく、ジョージの豪快な声が聞こえてきた。
「しかし、そんなに世話になるわけには……」
「だって。行くとこないんでしょう?」
リクが詰め寄ると、ジェイムズは黙り込んだ。
「決まりだな。しっかり働いてもらうからなー。新入り」
ジョージがコップを盆に乗せて現れた。
「ほれ、これ、飲みな」
「これは……?」
「ホットレモン。飲むと、ほっとできるんだよ。お父さん特性なんだ」
リクは誇らしげに言った。ジョージは壁に立てかけてあったちゃぶ台を持ってくるとその上に盆を乗せた。
「しかし、いいのか。私が居候しても」
「いいよー」
「もちろんだ」
ジェイムズが訊くと、二人はにこにこと笑いながら言った。
「まぁ、何はともあれ……」
『お疲れ様!』
二人に言われて、ジェイムズは居心地が悪そうに、「ほっとれもん」に口をつけた。最後にこんな風に歓迎されたのは遥か遠い昔ことだった。
甘酸っぱい香りが口の中に広がる。
ホットレモンを飲み下せば、体の中からじんわりと暖かいもの感じた。
ジェイムズの新たな生活が、始まった。
終わり。
* * *
おまけ。
カールは自室のベッドの上で目を覚ました。
いつもの朝だ…と体を起き上がらせようとした瞬間、自分が裸なのと、隣にこれまた裸のソロモンがいるのとに、体を固まらせた。
「ん…?あ、カール、おはようございます…」
ソロモンは当然のように体を起き上がらせながら、言った。
「お前…一体…」
「説明してほしいんですか?この状況を」
ソロモンがにっこりと笑うと、
「結構だ!!」
カールは顔を真っ赤にして叫んだ。
「昨日OMOROから戻って、カールをベッドに寝かせたら、カールが可愛い声で…」
「説明しなくていいと言ってるだろうが!?」
「えー」
ソロモンは楽しそうに笑った。
その笑みに耐えられずにカールがまたベッドの中に潜り込んでしまうと、
「機嫌、直してくださいよ。花のことは僕が手伝いますから」
「花?」
カールは怪訝そうに顔をだした。
「怒ってるんじゃないんですか?花をつぶしたこと」
「違う…花のことじゃない…」
「はい?では一体…」
カールは急に起き上がった。
「お前が、47話で死んだからだ!」
「え?」
怒鳴り散らすカールに、ソロモンは目を丸くする。
「最終話まで生き残れと言っただろう!なのに、あんなにあっさり…!!」
「…カール…v」
カールの言葉に、ソロモンは満面の笑みを浮かべる。
「なんだその顔は!私は真剣に…!」
「僕は幸せです…!」
「はぁ!?お前はふざけているのか!私は……っ」
「あなたが真剣に怒れば怒るほど幸せです…!」
ソロモンはカールに抱きついた。
「なんなんだお前はーーーーーーーーーーーー!」
カールはソロモンは振り解こうとしながら、叫んだ。
おわりV
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