この気持ち、お前にわかってたまるか。
<心の奥で生まれた言葉>
足元には砕け散った無数のガラスの欠片達。
自分はガラス戸の棚に後頭部から突っ込み、『彼』に襟元を掴まれ、棚に押し付けられいてる。
どうしてこんなことになったのか、全く見当がつかない。
自分はただ、本当の気持ちを口にしただけだった。
嘘偽りなんて、これっぽちもない、混じり気のない想いを、ただ言葉にしただけ。
なぜ口にしたかと言われれば、口にしなければ溢れそうだったから、としか言いようがない。
わかることはただ、その『言葉』が、今、目の前にいる『彼』を猛烈に怒らせてしまったということ。
怒りを向けられることには慣れている。特に『彼』からの怒りはなおさら。
それでも、今向けられている怒りを予想することはできなかったし、
今までの『彼』の怒りと比較することさえできないその激しさに、
自分はただされるがままに、苦し紛れに言葉を口にすることしかできなかった。
「……カール……」
名前を呼ぶと『彼』は手を首にやって力を込めようとするが、怒りに震える手では逆に力が入らないようだった。
「二度と…さっきのようなことを言うな…!!」
カールは搾り出すよう言うと、手を首にかけたまま、下を向く。
「カール……泣いてるんですか?」
「…うるさい…」
「ですが…」
「うるさいうるさいうるさいうるさいっ!!」
カールに襟元を引っ張られたかと思うと、再び棚にたたきつけられる。
その衝撃に思わず一瞬目を閉じてしまってから、再び目を開けば、
言い知れない悲しみと怒りを爆発させ、憤怒の表情で涙を流したまま、
こちらの目を一心に睨みつけるカールの顔があった。
「…そんなに…嫌でしたか…?」
傷つけるつもりも、怒らせるつもりも全くなかった言葉だったのに。
自分の想いをただ聞いてほしくて、言った言葉だったのに。
「!」
カールの瞳に、ほんの一時だけ動揺が走った。
怒りを忘れたかのようなその表情に、不思議な感覚を覚えたのも束の間、
カールの瞳は再び怒りに染め上げられて、
「…っ…!」
やり場のない怒りをどうすることもできないように、こちらに鋭い視線を向ける。
自分はただ、その視線を受け止めることしかできなかった。
* * * * * *
真夜中。
上半身だけベッドから起き上がらせて、ベッドわきにあらかじめ用意してあったグラスに水をいれ、一気に飲む。
先程まで散々声をあげたせいでひりついた喉に、その冷たさが心地良い。
またグラスに半分ぐらいまで入れて、飲み干す。
冷静さを取り戻した頭で後ろを振り返れば、自分の隣で眠っているクセのある金髪頭が見えた。
満足したようにすやすやと寝息をたてているその寝顔に、
獣のように自分を求めてきた数刻前の男の姿は見る影もない。
満足している?何に?
それを考え始めてしまえば、結局いつも同じ答えに辿り着くことはわかっているが、
それでも問うてしまう。
――満足なのだろう。長兄との関係で傷つき疲れた心と体を癒すことさえできれば。
結局自分は防波堤であって、よくて抱き枕代わりの人形。
自分が第三者なら、そんなことを考えている者など「卑屈なやつだ」と切り捨てたかも知れない。
だが、寝言でも、絶頂の時にまで「兄さん」と間近で言われるこちらの気持ちはどうすればいいのか。
しかも、相手は無自覚らしい。
……こうなることはわかっていて始めた関係だった。
別に強要されたわけではない。
抵抗しようと思えばいくらでもできたし、実際一度は拒否してその場を後にしたこともあった。
それでも、兄が自分を見つめる視線の先に誰がいるのか、気づいていながらも、彼を受け入れてしまった。
『相手の為だ』
『傷ついているのに放っておけるか』
なんて、月並みな言い訳を自分にして。
本当は気づいていた。結局は自分の為なのだと。
例え相手が自分のモノにならなくても、行為の最中だけは、相手を求めることが許されるから。
『自分だけを見てほしい』と叫んで解決するのなら、と思ったこともあった。
大体相手は独占欲の塊で、子どもじみた嫉妬などいくらでもしてくるのだから、許されそうなものだ。
しかし、彼を目の前にした時、自分の胸に広がるのは、諦め。
あれだけ傷つけられ、ズタズタにされながらも、長兄へと心を向ける姿を前に、自分にできることはない。
この関係の続けた先に何が待っているのかはわからない。
ただ、自分の望む形にだけはならないことだけが、確かに言えることだ。
幕引きの形は違えど、必ず終幕が来る。
微笑まれて、抱きしめられて、そして好意に満ちた言葉を与えられて。
それらは自分に与えられているようで、結局は場を取り持つ道具でしかない。
自分のほしいものを全て手の内にいれておいて、なぜ長兄が彼との関係を不毛なものにし続けているのかわからない。
……今自分がやっていることも、十分不毛なのだが。
そんなことを考えている内に朝になって、兄が目を覚ました。
二、三言葉を交わしてから、身支度を整え終わって、満足から一番遠い感情にいる時、後ろから優しげな声が聞こえた。
「 」
発せられた言葉は、一番ホシクテ、一番キライで、自分は一生受け取ることのないはずの言葉。
それが聞こえた瞬間、頭が真っ白になって。
気づいた時には、ソロモンをガラス戸の棚に叩きつけていた。
ほら吹き。
嘘つき。
うそつき。
ウソツキ。
とんでもない大嘘つきめ。
* * * * *
足元には砕け散った無数のガラスの欠片達。
自分はガラス戸の棚に後頭部から突っ込み、『彼』に襟元を掴まれ、棚に押し付けられいてる。
どうしてこんなことになったのか、全く見当がつかない。
自分はただ、本当の気持ちを口にしただけだった。
嘘偽りなんて、これっぽちもない、混じり気のない想いを、ただ言葉にしただけ。
なぜ口にしたかと言われれば、口にしなければ溢れそうだったから、としか言いようがない。
それは本当に、心の底から言いたかった言葉。
「あなたのことが、世界で一番好きですよ」
END
暗っ………!!次はラブラブを…!
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